朝日新聞。バカにつける薬はない。

馬鹿につける薬はやはりないのやもしれない。



(社説)日本と韓国 国交半世紀に向かって

8月15日の終戦の日、日本は戦没者の追悼に包まれた。
隣の韓国は、植民地支配から解放された「光復節」だった。

きのうの式典で朴槿恵(パククネ)大統領は、日韓が来年、国交正常化50年を
迎えることにふれ、「未来志向的な友好協力関係に進まねばならない」と訴えた。

中でも慰安婦問題が解決されれば関係が進むとし、「日本の政治指導者たちの知恵と
決断を期待する」と呼びかけた。両国が未来を見すえて行動を起こすときであることは間違いない。
日本の誠実な対応とともに、朴氏自身も「知恵と決断」に踏み込むべきである。

どちらか一方が百点満点と評価できる解決はありえない。どんな方策を選ぼうとも、
両国の間には、評価と反発とが入り組む複雑な反応が生まれることは免れない。

だが、そのむずかしい着地点を探しだし、大局的な視座に立った解決を図ることこそが、
外交をつかさどる政治の使命である。冷え切った隣国関係がこのままでいいはずがない。

朝日新聞は今月、慰安婦問題について特集を組んだ。過去の報道の誤りをただすとともに、
慰安婦問題の本質は普遍的な人権の問題であることを示した。

日本軍が関与して作られた慰安所で、多くの女性が兵士の性の相手を強いられた。
女性の尊厳が著しく傷つけられた。その史実は否定できない。


相手の不正に厳しく自分たちの不良には目をつむる。一般常識があり最低限の社会道徳がある人間にはかような思考が「まともじゃない・・・」事はイチイチ説明せずとも分かるはずだ。

過日の記事「朝日新聞が生き残るためには・・・。」に於いて、朝日は現実を直視し、社が潰れる事も覚悟して日本国民に謝罪し罪を償えと書いた。朝日の罪を並べて朝日は廃刊せよと主張するのは他ブログに任せるとし、「少数の心ある読者」が支えてくれているウチのようなブログでは、極論に行くよりも贖罪し日本の為に必要な「新聞社」に生まれ変わってほしいとの主張に止めた。過激な意見よりも禊を祓う事で罪を過去へ流しましょうと言った方が日本人としてよりしっくりとくるのではないだろうか。

ウチとしては、「敵に塩をおくる」心境で書いたのだが、朝日は己のバカさ加減に気がつかず、論点をずらそうと必死である。これが新聞社以外の企業であったら、今頃は非難の嵐の中に朝日は身を置いていたはずである。

これだけ日本を貶めて多大に国益を損なう元凶を生み出した朝日に日本人の怒りが向けられるのは当然であり、廃刊すべしという意見が出るのも当然である。それだけの事を朝日はこれまで「やってきた」のだ。


櫻井よしこさんが夕刊紙で朝日新聞は廃刊せよと語っている。暴論。凝り固まった精神の迷妄はいまさら晴らせないだろう。せめて虚心にこの社説に眼を通してもらいたい。

【社説】慰安婦報道撤回 本質は強制連行にない |カナロコ
http://www.kanaloco.jp/article/76014/cms_id/95741

ソース
https://twitter.com/aritayoshifu



凝り固まった精神で迷妄をしているのは有田の方であろう。前にも述べたが、事さら人権というならば現在進行形で進められている人権問題にも目を向けるべきだ。それとも、日本人は地球上の民族の中でも特に下劣で野蛮であり、文明文化も持たぬまるで猿の如き民族であり、だから他の国々では許される事であっても犬畜生と同等の日本民族だけは許してはならない。「人と同等の扱いをしては」ならない。という事なのだろうか。
だとしたらこれはとんでもない「ヘイトスピーチ」だ。櫻井女史は有田から言われなきヘイトスピーチを受けたと訴えてもよいのではないだろうか。

自浄作用も期待出来ず、己の愚かさにも気がつかない。ジャーナリストとしての矜持もない。
自分たちの偏った思想主義を果たす為ならば、誤報を垂れ流そうが都合が悪くなると論点をすり替える事も、自分たちの正義を貫く手段として正当化してしまう。

残念ながら、朝日には庇い建てする要素が寸毫も残されてはおらぬようだ。

今ここに至り改めて考えてみると、廃刊にする事が日本の行く手にとって「もっとも良い事だ」と言わざるを得ないだろう。


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