集団的自衛権。不安ばかりを煽るマスコミにうんざりだ。

マスコミが反対反対と騒がしいが、集団的自衛権の解釈変更にウチは賛成であり、日本もようやく普通の国になる為の第一歩を踏み出したかとという思いである。

自分が殴られた時には助けてくれるのが当たり前というくせに、助けてくれる人が別の人に殴られていても助けもせずにただ見ているだけ。こうした日米関係のこれまでの状況が異常だったのであり、正常化に向けて動き出したとも言えるだろう。

アメリカが日本の集団的自衛権の解釈変更に理解を示し歓迎しているのは、北東アジアにおけるアメリカの影響力が弱まり、支那の影響力が増したと為とも言える。

支那や朝鮮が日本に対して友好的であり、軍事的な火種もなく、アメリカもかつて持っていたチカラを維持しているならば、アメリカは日本の集団的自衛権の解釈変更に異議を唱えるのではないだろうか。アメリカとしてはいつまでも自分たちに都合よく動いてくれる子分として日本を飼い殺しにしておきたいが、それが出来なくなったという状況が北東アジア地域の現状ではないだろうか。

韓国は竹島を不法に占拠し対馬を狙っている。

支那は度々日本の海域・領空を侵犯し、尖閣諸島を実効支配する機会を窺っている。

北朝鮮の状況もいつどうなるか知れたものではない。

日本の周辺を取り巻く環境はかようなまでに抜き差しならぬ状況にある。

それでも日本が平和を維持出来ているのは、憲法9条のおかげなどでは決してない。

これまで、アメリカという睨みがあったからだ。

アメリカの武力の傘に護られていたが、未来永劫続くものではない。

集団的自衛権の解釈変更は影響力が弱まったアメリカの不足分を日本が補う為に必要であり、実際、支那の膨張主義に悩まされるアジアの国々は日本を支持し、この地域における日本の役割が増える事を歓迎している。
一方、日本の動きに反対しているのは支那や朝鮮であるが、日本を仮想敵国とする彼らとしては敵である日本の自衛隊の縛りが少しでも緩む事を歓迎するわけがない。

マスコミがよく言う『アジア諸国が』というのは、支那や朝鮮、いわゆる『特定アジア』のみを指す言葉だ。
広い目でアジアを見れば、歓迎する声が多いのにも関わらず、国際社会が懸念しているだのと言うマスコミが多い。それはどこの国際社会の事なのか。
また、集団的自衛権の解釈変更により、徴兵制が始まり若者は戦場の最前線に送られるなどと不安をかきたてる論調も目立つ。こうした妄想ばかりが紙面を賑わし冷静な判断を国民から奪い、自分たちに都合のよい考えを植え付けようとする日本のマスコミはやはり異常だ。

集団的自衛権の縛りがない、アメリカやイギリスは志願制である。
100年前の戦争と違い、近代戦はハイテク機器を使いこなす高度な知識が求められる。状況に応じた臨機応変の判断能力も必要になる。わずか1年か2年、兵隊にとったとしても実際の戦争では足手まといになるばかりで戦力にはならない。
少子高齢化が進む日本を含む先進国は兵隊の確保が難しくなる。その為、兵器はますますハイテク化し、専門知識がなければ運用が難しくなると予想される。無駄に兵隊を増やすより、より進化した兵器を揃えて運用できる人材を育成する方向へと向かっていくだろうと思う。かつてのように兵隊をかき集めて突撃させるやり方は、とっくの昔に終わっているのだ。

一方、集団的自衛権を行使しない国もある。永世中立国のスイスだ。しかしスイスは徴兵制を採用している。
スイスの場合、ウチは中立国で戦争なんてやりませんから攻めてこないでください、と言えば平和だなどという甘い考えはない。国全体を要塞化し、いざとなれば国民が武器をもって戦える体制を整えている。日本のように憲法9条があるから大丈夫などとは決して思わないだろうし、スイスの人がそんな事を言う日本人を見たらきっと、クレイジーだと思うだろう。
余談であるが、スイスのパンは不味いと言われる。収穫された小麦は有事に備えて1年間備蓄される為だ。
日本なら新米をすべて備蓄するようなものだろう。それくらいスイスの国防に対する考え方は徹底されているのだ。

集団的自衛権に関するマスコミの論調のほとんどが、戦争が出来る事に対する険悪感が基調になっているように感じる。しかし、大切なのは、戦争を起こさない事、起きない為にはどうすれば良いか、それを考える事ではないだろうか。
丸腰で両手両足を縛られた相手に言う事を聞かせるのは容易い。脅したり時には暴力をふるえばよい。だが、相手が暴力に対して十分に備えており、迂闊に手は出せない状況ならどうだろう。お互いに不満があっても極力話し合いで解決出来る道筋がつくようにするのではないだろうか。

戦争を起こさない為には、相手と対等なチカラを有する事も必要なのである。チカラなき正義はチカラのある悪の前に無力である。理想も夢もチカラがなければ語る事が出来ない。嫌な言い方だが、現実はもっとずっと厳しいだろう。理想ばかり唱えていては国は滅びる。瀕死にあった日本が集団的自衛権の解釈変更によって命を取り戻そうとしている。それをさせまいと懸命に妄想ばかりを言い立てる日本のマスコミにはほとほどうんざりである。

最後に。
これにより、自衛隊が暴走するのではないかという不安にも一応反論しておく。
戦争を一番やりたがらないのは誰か。それは自衛隊であろう。現場のリアリティーを知っているからだ。
怖いのは、マスコミに扇動されて、イケイケになってしまうウチも含めた国民全般だろう。
近代の戦争を紐解けば、戦争を始めるのは軍人ではなく文民である。戦争をしない国を目指すならまず、我々国民がもっと勉強をしなければならない。少なくともバカなマスコミに騙されない程度の知識は必要だろう。
今後国会において個別法が議論される事になるが、これが骨抜きになり、結果、これまで同様、自衛隊が動ける幅が変わらないという事になならなぬようにしてもらいたい。

自分の国は自分で守る。当り前の事が出来る国に日本がは生まれ変わらなければならないだろう。


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