2013年京都の旅。第六夜。~活動と逃走を考察する~

食欲が満たされたところでいよいよ寺田屋に向かうことにした。

ところが、だ。

どこからか美味そうな匂いがしてきた。おお。黄桜か。

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店頭で饅頭が売っている。酒饅頭か。食後のデザートに丁度いい。

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饅頭も美味い。おや。酒も売っているのか。黄桜さんだし当然か。ついでに酒も飲んでいこう。

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ううむ。反省。黄桜は大衆酒だと下に見ていたが、いい酒じゃないか。まろやかで優しい味。これも伏見の水がもたらす恵みかもしれないな。

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さすがに、少し酔ってきたようだ。少し火照った顔に冬の冷たい京都の風が、心地いい。

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竜馬通りか。寺田屋から逃走するとき、この通りを竜馬が命がけで逃走したそうな。竜馬さん。面目ない。拙者、少々酔って候。

さて。今回の旅の目的の一つでもある寺田屋に到着。

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ここかぁ。と外観を見ていたら・・・。

「なんや、あんた。観光かい?」
「あ、ええ。まあ」
「せやったらな。ほら。見えるか?川の向こうに竜馬はんとお龍はんの銅像?」
「あ。あれ・・・ですか?」
と、指を指す。

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「せや。あれや。あれも見てってや」
「はぁ。ご親切にどうも・・・」

この後、寺田屋の中を見学。
寺田屋は鳥羽伏見の戦いで焼失したがその後再建されたと言われており、建物内部に残る弾痕や刀痕は竜馬が襲われた当時の痕であるとは言えないそうである。寺田屋が伏見奉行の捕り方に囲まれた事をいち早く気付いたお龍は、風呂から裸のまま裏階段を2階へ駆け上がり投宿していた龍馬らに危機を知らせいるが、現在あるお風呂の場所は再建後に増築された部分であり、事件当時の場所であったかどうかは疑わしい点がある。寺田屋には様々な疑惑があるものの、建物の中を見学して得た感想は、幕末を今に伝える重要な史跡と言っても良いと思う。

去年と今年と2度、竜馬の足跡を追ってみた。竜馬が潜伏していた寺田屋や酢屋は京都の中でも天皇陛下がおられる洛中ではなく、洛外に位置する。洛中では殺生や捕り物はしないというのが暗黙の了解であるが、一歩洛外に出ればそこでたちまちのうちに捕えられるか斬り殺されてしまう。洛中は洛外と比べれば安全ではあるが、活動には大きな制限が加えられる。籠の中の鳥と一緒だ。竜馬が危険を承知で洛外に身を潜めたのには自由に活動が出来る事と逃走がしやすい事にあるのではないだろうか。

自動車や電車、飛行機がある現代と違い、当時迅速な移動手段は船である。海や川といった水路を使う事で日本中を素早く移動する事が出来る。今回訪れた伏見にはかつて伏見港という河川港があり、大坂と京都を結ぶ淀川・高瀬川水運の中継基地として栄えた。伏見から川を下り大阪へ、そこから海へ出れば日本中で活動する事が出来る。昨年訪れた酢屋は高瀬川沿いにあり、竜馬が水運を使った移動を重視していた事が想像出来る。

日本の祭祀王である御皇室の陵を参拝し、伏見稲荷で日本の根源を垣間見、ここ伏見では近代日本を生みだすために奔走した先人たちの足音を聞いた。この1日にも満たないわずかな時間で、ウチは神代から近代を旅した事になる。ウチにとって、実に収穫の多い旅となった。

収穫、実り・・・なんだかお腹が減ってきた・・・・。

よし。メシにしよう。でもその前に・・・。

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さて。アーケード通りまで戻ろう。よさそうな路地はまだいくらでもあった。その中にきっとウチが求める店があるはずだ。帰りの新幹線まで時間は十分にある。焦るな。ウチは腹が減っているだけだ。

・・・ん?おいおい。ここでも蔵開きか。一体、どこまで酒を飲ませる気なんだ?この町は・・・。

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うう・・・ん。また、飲んでしまった。腹は減っているが今飲んだおかげでもう少しもちそうだ。今のうちに何かお土産をととのえてしまおう。

友達のお土産は購入した。伏見稲荷大社でお守りを買ったのだが、今年一年、無病息災でありますようにという、ウチの祈念がこもったお守りである。是非、大切にしていただきたい。

自分自身へのお土産は、この旅の記憶で十分であるが・・・。折角伏見に来たのだから、この地の美味しいお酒を買って帰りたい。昼間に通ったアーケード、大手筋通りに”油長”っていう店があったのを思い出し、そちらへと足を向けるのである。

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