2013年京都の旅。第一夜。~深夜バス、恐るべし~

みなさん、御機嫌よう。

気がつけば暦は11月も半ばを目指して日にちが過ぎ去っていきます。今年も残り一か月と少しですね。

そんな昨今ではありますが、2013年の1月13日に行った旅の出来事を数回に分けて綴っていこう。

1月の旅と言えば、一年前の2012年の1月には京都を訪問しているが、今回はどこへ行ったのかと言えば・・・。

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そう。今年も京都に行って、普段お世話になっております皆々様の無病息災を祈願させて頂いた。ほんまにありがたいこってす。
え?今年は何もいい事がなかったって? 大丈夫。まだ残り一か月あるじゃないですか。これからですよ。

昨年は七福神めぐりと銘打って、七つのお寺を巡り、皆々様の無病息災を祈願せて頂いた。
おかげ様で、非常に心穏やかな旅になったがしかし、課題も残った。

まず、折角の京都でゆっくり観光出来なかった事。
そして、京都ならではの美味しいものが食べられなかった事。

そこで、前回の反省点をふまえて今年の京都旅行の方針は以下の通り決定したのある。

わずか1日で京都の観光地を片っ端から巡るのは不可能である。そこで地区を限定する事とする。
地区を限定することで移動距離を最小限に抑え、それで得られる時間で京都の美味いものを食べる。

旅立ちは1月。これは既に決定事項である。今回の旅はどういった場所に行き何を食べるか。独り会議が始まったのが昨年、2013年の11月であるが、年末に向けて忙しくなり、時はあっという間に過ぎ去る。可及的速やかに懸案事項を処理しなければならない。

友人・知人からはよく”無計画の人”と言われる。だが、ここではっきり言いたい。それは間違いであると。
結果的に、無計画になってしまうのだと!!

地図の上に定規を置いて距離を測り、計算機で所要時間を弾き出す。条件に合う交通手段を検索するため、電車・バスなどの時刻表とにらめっこし、まずその日一日のおおまかな時間割を設定する。その時間割の条件に合う場所を検討し、いくつか候補を絞り、また定規と計算機を使って計画をより精密なものへと磨き上げていく。この過程の中では、様々な情報を収集し、そこから取捨選択を迫られる。事前にこうした準備をしておく事で、頭の中に様々な情報が知らないうちに記憶され、いざという場合はその情報とこれまでの経験値を足すことで応用する事が出来、もしもの時でも慌てずに対応が出来るようになる。

旅においてアクシデントはつきものである。思いがけないトラブルも楽しめる心の余裕を得るにはこうした地味な下準備があればこそなのだ。しかしそれでも、予想していなかった方向へ事が転がり八方塞がりの状況に追い込まれる事もしばしばあるが、人間、いざという時はすっぱり諦める事も肝心なのだ。
よし!予定変更!!当初の計画は辞めて、こうしよう!!!

そんな思いつきが許されるのも一人旅の醍醐味だ。
だが、今回は深夜バス以外はおおむね計画通りに事が進んでしまった。それはそれで寂しいものである。

様々な条件を計算した結果、今年は伏見桃山地区に限定して旅する事にした。

昨年の七福神めぐりの際、時間があれば是非とも行きたいと思っていた場所があった。それは伏見桃山陵であり、また伏見稲荷大社だ。昨年は残念ながら、時間の関係上立ち寄る事は出来なかったのだが、来年こそは行くぞと、帰りの新幹線の中で心に誓っていた場所である。

伏見桃山陵は日本人なら一度は行っておきたい場所。
伏見稲荷大社はご挨拶に生きているうちに一度は行きたかった場所である。

脇道にそれるが少し昔の話をしよう。
ウチが子供の頃。近所にお稲荷さまの祠があった。坂の中腹にあるお稲荷様は、鳥居はかかっていたが、お社というより祠といったほうがしっくりくるようなそんなお稲荷様だった。大人の今ならなんてことはないわずか数百メートルの距離であるが、子供の頃、小学生にあがるかあがらないかの年頃だと、その数百メートでもちょっとした冒険だった。まして、親にも内緒でこっそりとお稲荷様にお参りする事はちょっとした罪の意識も手伝って冒険心をよりかきたてた。子供の事であるから、参拝儀礼もあったものではない。お供え物もなくパンパンと柏手を打って帰る、それだけの事であるが、帰り道、坂を下っていると夕焼け小焼けに染まるお稲荷様からふっと視線を感じて振り向き、手を振って帰った事も何度かあった。気をつけて帰りなさいと見送ってくれていたのかもしれない。お稲荷様はいつも身近にいた。今も昔も変わらずに。お稲荷様の総本山、伏見稲荷を今回の旅の主目的地としたのにはこうした理由もある。

さて、月々の給料が酒代で消えるウチにとって、旅はどうしても低予算で組まなければならない。茨城県から京都のような長距離移動だと、移動費が一番かかる。少しで出費を抑え、その分、現地での資金を潤沢なものとする手段として最も有効なのが、深夜バスだ。今回の旅の目的の一つは、京都で美味しいものを食べる事であるので、今回も当然深夜バスを利用したのだが、ここでも予算を抑えるため一番安い車両を選択した。どうせ寝るだけだからいいかという判断が甘かった事は、京都に到着した時、身をもって実感することになる。

一口に深夜バス、といっても様々なタイプが存在する。深夜バスマイスターたちには説明は不要だが、もしあなたがヒヨッコの分際で深夜バスを利用する場合、気を付けておかなければならない事がある。不幸の連鎖を断ち切るためにもあえて今回の失敗を書いておこう。

深夜バスには大きく分けて二つ種類がある。座席の話だが、4列シートと3列独立シートがある。4列シートはみなさんが学生の頃、遠足で乗ったバスの座席を思い出してもらえればすぐわかるはずだ。二つ連なった座席の間を通路が通り、左右それぞれで合計4席のシートの事を4列シートという。3列独立シートはその名前の通り、一つ一つの席が独立しており、その間を通路が通っている。カーテンを閉めればまるで個室のように利用出来るのが3列独立シートだ。金額で言えば4列シートの方が安く、3列独立シートの方が高い。また、4列シートは座席指定が出来ない事が多い。ゆったりと行くなら3列独立シートの方が値段は高くてもお勧めだ。とはいえ、限られた車内スペース。3列シートは4列シートと比べれば席の間隔が少しだけ広いだけだが、隣の人と肩が触れ合わないで済む分快適だ。その程度であるが、この程度が重要なのだ。また、トイレ付の車両はお勧めしない。走行しているバスの中、寝ている人を起こさないようにそっと移動するのは非常に困難だからだ。3列独立シートで、自分の席が左にあり、トイレが右にあるとする。トイレに行く場合、真ん中の列が壁になるので、ぐるっと迂回する必要があるのだが、通路の幅が決して広くはないので、移動が非常に困難である。どうしても行きたい場合は途中のサービスエリアまで我慢するのがもっとも良い選択だ。こうした非常事態を避ける為にも、バスに乗る前はトイレで用を済ませておく事は勿論だが、事前の水分摂取にも気を付けたいところだ。

さて、3列独立シートを勧めておきながら恐縮だが、今回の京都旅行では4列シートを選択した。一番安い車両と聞いて、あ、4列かとピンときた諸兄諸姉はさすがにマイスターである。と同時に座席の位置も気になったはずだ。ずばり言おう。窓側の席であったと! 真昼間に観光バスに乗る場合、窓際は当たりである。だがしかし。深夜バスでしかも4列シートの場合、窓際ははずれである。窓際を宣告された時の心境は、”ハードラックとダンスっちまった”といったところか。

昼間の観光バスの場合は車窓を流れる風光明媚な風景を堪能できる窓側の席にぜひ座りたい。だが、深夜バスの場合、ピシッとカーテンが敷かれており、カーテンの隙間から見える車窓の外は夜の闇。景色など期待できない。そして窓際は体の可動範囲が限られてしまう。隣の席の見ず知らずの人と触れ合う肩から窓際までが己の領域である。これではまともに寝返りもうてないのだ。これが通路側の場合、左半身だけでも自由になる。左足だけでものびのびと伸ばせる。これだけでも体にかかるストレスはぐっと軽減されるのだ。さらに付け足すなら、冬の窓際は窓越しに冷気が忍び寄り、寒い。窓際の席を宣告された時点で、深夜バスとの戦いは圧倒的に不利な状況に追い込まれ、諸葛亮孔明でも必勝を期すのは難しいだろう。

さらに今回は前から2列目か3列目の窓際の席だったのだが、ここは必敗の位置と言える場所であった。深夜バスの桶狭間と言えるかもしれない。運転席と客席の間はカーテンで仕切られている。客席を少しでも暗くして睡眠しやすいようにするのと安全輸送の為の処置であろう。それは分かる。だが、このバスのカーテンはマジックテープで固定されていた。バスは2時間おきにトイレ休憩の為SAに停車する。つまり、2時間おきにマジックテープをはがすのだが、ベリベリベリというその音が凄まじく途端に目が覚めてしまう。まとめよう。寝返りもうてない窮屈な空間でそれでも寝ようと懸命に瞼を閉じ、ようやくウトウトしたその時、ベリベリベリで強制的に起こされる。寝れないのだ。

東京を深夜0時に出発し、京都到着予定は朝7時。少しでも寝ようともがいたが朝4時についに断念。身動きもままならぬ車内で一刻も早く京都に到着する事だけを願い続けた。その願いが届いたのか。なんと6時少し過ぎに京都に無事に到着した。深夜バスから解放された時のウチのコンディションは言うまでもないだろう。

予算を削る目的と、前年は早くに着きすぎてしまい朝の時間を持て余したので、今回はもう少しゆっくりと着く便にしようという二つの目的から最安値の最終便を選んだのだが、到着時間は去年とたいして変わらず、変わったといえば金をけちった結果眠れない深夜バスになった事くらいだ。去年はすこぶる快適とは言えないまでもまだ体調に余裕を持てたが、今年は足元がふらつくほど完全KOを喫してしまった。まだ若いつもりでいたが・・・もう歳か・・・。

ともあれ、体はズタボロにされたがここまで来て帰るわけには行かない。一日はまだ始まったばかりなのだから。

駅に着いた時間から、近鉄京都線に乗って移動するのが最も有効に時間を活用する手段であったため、本日最初の目的地を”伏見桃山陵(ふしみももやまのみささぎ)”に決定し、2013年の京都旅行はいよいよ始まるのである。

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桃山御陵駅前に到着。寺田屋へも行きたいが、そちらは午後からとして陵を目指す。

駅を背に左へ折れ、大手筋通りを歩くとほどなくして御香宮神社へとたどり着く。

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豊臣秀吉は、伏見城築城の際に当社を城内に移し、鬼門の守護神とした。後に徳川家康によって元の位置に戻されている。明治元年(1868年)に起こった鳥羽・伏見の戦いでは伏見町内における官軍(薩摩藩)の本営となるなど、様々な歴史の場面において登場する神社である。(Wikipedia参考)

境内には伏見城の残石もある。

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参道を通り拝殿へ。

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名水百選に選定された御香水。

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伏見の地名の由来になったと言われているのが、地下水を意味する伏し水。今も途切れる事なく豊富に湧き出る地下水が、伏見の名酒を造り出している。
伏見の美味しいお酒とはこの後めぐり合う事になる。

伏見桃山御陵へは大手筋をまっ直ぐ歩く。奈良線の踏切を渡ればもうすぐなのだが、接骨院のある交差点を左へ折れてしまい、その結果道に迷う事になった。今思えば、伏見桃山城を見てくればよかったと思う。

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「これはぁ・・・道を間違えましたなぁ・・・」

途中、いつまで経っても着かないので地図を見た結果、この言葉が思わず口から零れてしまった。

深夜バスの到着時刻が予定より早かったり、こうして道に迷った結果、当初の計画は崩れ去り必然として無計画な行動へと流れていくのである。

地図を見ると、ここからは柏原陵が近い。ここまで来たのなら当然立ち寄るつもりで計画はしていた。順番が多少変わっただけで、問題があるとすれば、京都の早朝、体の芯まで冷やすこの寒さだ。

寒さに震えながら、最初の目的地となった柏原陵へ人気のない坂を背に太陽を受けながらゆっくりと登っていく。

もう少しで到着である。

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