櫻を求めての散策① 08年版

暦は五月。ですが・・・。
今回はあえて三月の出来事を書くことにする。
うちのブログのタイトルは『櫻花改方長官乃憂鬱』ですからね。長官として櫻花を改めに行く義務があるんです。出来れば、桜前線にあわせて南から北へと改めて行きたいところですが、予算の関係上無理なので、近場の東京を改めることにします。
ま、改めると行っても櫻を見に行くだけですが・・・。

基本的にはぷらぷらと歩きながら探すのですが、ある程度の規則は設けておく。
今年の規則。
■規則1 本行動は三月二十九日十時に開始し十七時をもって終了とする。
■規則2 本年の出発点は浅草と定め、また、終着点は靖国神社とする。
■規則3 移動は徒歩とする。
■規則4 以上の規則内であれば、道程及び時間割は自由とする。

以上のような規則を自分に設けて、さあ、今年の櫻巡りのお散歩、始まりです(´ω`)

▼十時 浅草着

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この時間にも関わらず人で溢れていました。浅草寺境内及び近辺は櫻が綺麗なことで有名ですし、櫻を目当てで訪れている人も多かったのでしょう。うちもその一人ですが。

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五重塔を背景に一枚。さらに、接写。

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この後、浅草寺に参詣して、境内を抜け、浅草神社へ。

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別の狛犬の足元に猫さんが挟まっていたので、写真におさめておきました(=・ェ・=)

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いくら撫でても起きる気配がまったくない。でも、ここなら外敵から身を守るのにかっこうの場所ですね。

浅草神社に参拝したあとは、メトロ通りから雷門通りに出て、吾妻橋を渡る。ここには水上バス乗り場があるのですが、吾妻橋東詰めまで延びる行列となっていた。また、隅田公園の櫻を見る人たちでごったがえしていた。これらの人々をかき分けて、吾妻橋東詰めまで到達し、そこを隅田川に沿って左に曲がる。

▼十時三十分 墨田区役所前

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櫻を背景に勝海舟先生の銅像を写真に撮る。
墨田区役所に沿って歩くと、墨堤通りに出る。まくら橋を渡り、墨田区向島側の隅田公園に入る。
ここにはかつて、水戸徳川家の下屋敷が置かれていた。明治維新後、この下屋敷は水戸徳川家の本邸となが、大正十二年の関東大震災で焼失し、その跡地は隅田公園として生まれ変わるという歴史を持つ。
また、水戸徳川家の屋敷には明治天皇が幾度も訪ねられておられる。そのことを記念して、隅田公園になって以降の昭和5年に、明治八年に訪ねられた際にお詠みになられた歌が刻まれた碑が建碑された。

▼十時四十分 「花くわし」歌碑の前にて
「花くわし櫻もあれと此やとのよゝのこゝろを我はひとり」

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肝心の歌碑や櫻がうまいこと撮れていない・・・_/ ̄|○
言い訳をすると、カメラを構えた人が何人かいて、その人らが丁度いいポジションを陣取っていたので、公園に置かれたベンチに座って一服しながら居なくなるのを待っていたのですが、しばらく動く気配がなかったので、仕方なく撮ったのがこの一枚。
気を取り直して、公園内を散策することに。

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▼十時五十分 牛島神社

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社殿裏手には東郷平八郎の筆による社号石を見たあと、再び墨堤通りへと戻る。
隅田川の櫻を眺め、時折、頭上の首都高速6号線に視線をあげながら、千住方面へと歩く。

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かもめ(かな?)と櫻

明治通りとぶつかったところで、道を左に折れて白髭橋を渡る。

▼十一時十五分 台東区橋場

石浜図書館前にて

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橋場不動尊にお参りをし、しばし橋場の町を歩く。
ここは、池波正太郎先生の著作、『剣客商売』の秋山大治郎が住んでいたとされる町だ。

「渡し舟で大川をわたりもどった秋山大治郎は、橋場の町外れをながれる思川をわたり、真崎稲荷社の杜を右手にのぞみつつ、小川のながれに沿って行く。」

うちの手元にある、江戸時代の地図を見てみると、白髭橋はまだない。
隅田川(大川)を渡る為には、白髭橋あたりから出ていた渡し舟を使うか、南へ下って東橋(吾妻橋)を渡るか、または千住まで行くしかない。
ここから渡し舟が出ていたことを示す、「橋場の渡し」という案内板が白鬚橋のたもとにありました。
真崎稲荷は、おそらく白髭橋から北へ向かったところにある石浜稲荷が当てはまるかな。立ち寄ればよかったな。

▼十一時五十分 山谷掘

今現在は公園になっているが、かつてここがお堀だったことは、公園の形状からも窺い知ることが出来る。

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知らなくとも生きるに困らない、明日からも別に使うことのない雑学ですが。

山谷堀の山谷。
これは地名で、山谷堀から新吉原あたりまでの地域をこう呼んでいた。地名の由来は、この地が奥州街道筋にあたり道路が三条あったので山野といったとか、四谷と同じように昔民家が三軒あったので山谷となったとか、諸説ありはっきりとしない。
さて、山谷堀だが、音無側(石神井用水)の新吉原入り口あたりから今戸橋から隅田川へ出ていた。山谷地域を流れるので、この名前がついたという。
吉原へ通う水路としても使われ、猪牙舟で隅田川から上がってくる遊客に利用されて有名でもあったそうだ。

吉原雑学。

我々が日常で使う『ひやかす』という言葉。
からかうや買う気もないのにお店にはいって値段を聞く、といった意味ですが、これ、もとは郭用語です。
『ひやかす』を漢字で書くと『冷やかす』。何を冷やかすのか。人の気持ち? いいえ。紙なんですね。
浅草山谷辺の紙漉職人が、水に浸けた紙の原料が冷える間、吉原遊郭に来て、登楼する気もないのに、張見世の遊女をからかったり品定めをしながら吉原を一廻りしたことからきた隠語だそうですよ。落語にも出てくる話だったと記憶しています。

さて、時間も時間ですし、ここらでお弁当をつかうことにしました。

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朝、出発前に拵えた手作りお弁当です(´¬`*)
厚焼き卵は、ほんのり甘味。砂糖だけだと甘さがきつくなるので、カツオ出汁とお酒を加える。甘さを引き立てるのに塩を少々と、焼き上げたときに色がよくなるように醤油も少々たらす。お鮨屋さんで聞いたレシピを真似したんですがね。なかなかあの味わいは出ないわね。ケーキと同じように絶妙な配分なんだろうな。
お酒、みりん、醤油と生姜、それと胡椒で下味をつけたから揚げ。
筍と里芋を、出汁汁、砂糖、塩、醤油で煮詰めた煮ころがしっていうのかな。それと、一晩、塩と昆布で漬けた、水菜の塩漬け。
お酒の肴にもよし、おかずでもよし。
自分で作った弁当を堪能して、再び散策へ出発です。
午後からのお話はまた後日|´ω`)ノ



そこまでの大冒険じゃないけど、たまにはちびっ子にも媚を売っておかないと。
日曜日、朝、ぼけっと見ていますけど。
それと、最近発刊された、ワンピースの空島編のまとめを読んで、感動したので・w・

それではまた。
(=^・ェ・^=))ノ彡☆シッポフリフリバイバイ♪

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