不二家も変だがマスコミはもっと変だと思いますが何か?

さて、今は夜八ツ、いわゆる丑時なわけだが。
愛煙しているマルボルメンソールライトの残り本数が少ない。この時間に自動販売機は稼動しておらず、かといってコンビニに行くのも面倒であるし、ここは素直に寝て朝を待った方が無難であろうと、一人で得心している次第である。

にも関わらず、こんな時間にブログを書いてみる。書こうと思ったときに書かないと、なかなかに手が付けられないからだ。タバコの残り本数と相談しながら書いていこうと思う。

さて、昨日、27日の土曜日はまた飲みに行っていました(´ω`) 今回は友人と二人で。
秋葉原の電気街から少しはずれたあたりにある飲み屋さんで、電気街の喧騒が嘘のような場所にあります。このお店については、前回のブログでも書きましたね。
そのお店にまた行ったのですが、ここのところ毎週行っています。それくらい、お気に入りなのです。
うちの好きな、キリン、クラシックラガーが置いてあるのが本当に嬉しいし、何よりも料理が美味しい。昨日は、カレー鍋なるものを試みに食べてみたんですが、案外、美味しかった。カレー味の豆腐というのも悪くは無いものです。
折角の鍋なので、残ったスープに饂飩なり蕎麦なりを入れて味わいたい。メニューには載っておらず、無理な注文と分かりながら聞いてみると、麺はありませんでしたが、雑炊にしてくれました。それもただ、茶碗にご飯を盛ってきて鍋に入れるのではなく、鍋を1度厨房へ戻し、残った余計な具材を惜しげもなくスープの中から丹念にすべて取り除き、その後にご飯を入れて、ご飯の上から葉葱と刻み海苔を振り掛ける仕事には感心しました。

こういう仕事をしてくれる飲み屋さんなので、うちも気に入って足を運んでいます。
足を運ぶうちに、自然と湧き上がってくる気持ちが、「いつもうまいもんをありがとう」。その気持ちをかたちで表すため、帰り際に、わずかながらの『こころづけ』を渡したら、気持ちよく受け取ってくれました。こうでなくっちゃいけません。なにも、年寄りが孫にお小遣いをあげているわけではなく、客とお店の垣根なんて無粋なことは考えず、あくまで対等な人間同士としての感謝の気持ちですから、断らずにすっと受け取ってくれたほうが、渡したこちらも嬉しいのです。

この『こころづけ』。馴染み深い言葉でいえば、『チップ』といったほうがピンと来るでしょう。この習慣は、どうやら池波正太郎の小説が好きな人間は自然とやtってしまうようです(^^; うちの知り合いの池波文学の愛読者も、タクシーに乗ったときには、100円でも50円でも必ず『こころづけ』を運転手に渡すのが習慣になっている、と話していました。

『男の作法』という、池波先生のお話をまとめた本があります。この本の中から池波先生が『チップ』についてお話された一部を抜粋します。

タクシーに乗って、メーターが五百円だったら六百円やる。
「どうもご苦労さん。これは結構です・・・」
と、百円チップをやることによって、やったほうも気分がいいし、もらったほうも気分がいいんだよ。
これは、もう、大変のことなんだよ。たとえ百円であっても。本当にいやなやつだったらやらないやね。百円。ぼくだってやらない。だけど、普通にある程度やってきたら、必ずやりますよ。ぼくは子どものときからそうなんですよ。
それは、当時の大人たちが、みんなそうだったから。そういうふうにするのを見ているからそうなるんですよ。
いまのように、サービス料というのは付かないんだから。だから、必ずやるのがしきたりで当然のことなんですよ。ぼくの時代にはね。それで、ぼくのみならず、どこの子どもでも、そうするものだと覚えているわけですよ。いまは、サービス料というのが付くから、チップをやらなければやらないで一応済む、ということになっていますがね。
今度、タクシーに乗ったときにだね、やってごらんなさい。運転手が、お客さんが百円くれたとなれば、たとえ百円でもうれしくなって、
「どうも済みません、ありがとうございます・・・」
と、こう言いますよ。

そうすれば、その人がその日一日、ある程度気持ちよく運転出来るんだよ。おおげさかもしれないけど、交通事故防止にもなるんだよ。少なくとも、次に乗るお客のためになっているわけだ。みんながこういうふうにしていけばだね、一人がたとえ百円であっても、世の中にもたらすものは積み重なって大変なものになるわけなんだよ。どんどん循環してひろがっていくんだからね。

ということは、根本は何かというと、てめえだけの考えで生きていたんじゃ駄目だということです。大勢の人間で世の中は成り立っていて、自分も世の中から恩恵を享けているんだから、
「自分も世の中に出来る限りは、むくいなければならない」
と。

サービス料がある場合はチップはいらないというのは、これは理屈です。だけどね、こういうことを言うとまた誤解されるかもわからないが、かたちに出さなきゃわからないんだよ、気持ちというのは。

ただ「ありがとう」なんて言うのはだれだって安売り出来るんだから、言葉だけは。
そこへ百円出すことによって、ああ、この人は本当に「ありがとう」って言っているんだということがわかるわけなんだよ。その百円は、その人が身銭を切って出したものでしょう。だから、運転手にも気持ちが通じる。そこに意味があるということですよ、たとえ百円であってもね。


全文では、全体から一部を切り除いて引用しました。
池波先生は1923年生まれなので、ここでいう子どものころ、というのは戦前ということでしょう。
1945年、8月15日を境に、それまでの日本でよしとされてきたものが、十把ひとからげで悪とされて切り捨てられてきた。チップといえば、アメリカの文化と思いがちですが、日本にも「あった」ということを、今の人は知らない。
今こそ、古きよき日本の文化を見直し取り戻していく必要があるのではないか、と思う。

道を歩けば、自動車が我が物顔で走っている。車を相手にはもちろん、歩行者相手にも道を譲ろうとはしない運転手が増えてきたようなきがする。青信号で横断歩道を歩いているにも関わらず車に轢かれそうになったことなどは何度もある。車を運転する人が、余裕をなくし、自分さえよければ他人はどうでもいい、などと身勝手なことを考えるから飲酒運転による理不尽な事故も尽きないのだろう。こういった現象は車の運転だけでなく、社会全体にもいえると思う。儲かればそれだけでいい、などと考えるから不二家のような事件が起きる。視聴率がとれればいいと考えるから、あるある大辞典で捏造を放送してしまう。社会の中の一員だという意識を戦後、意図的に喪失させ、個を重視した結果がこれだ。安部首相がいうように、戦後レジームから脱却しなければ、日本の将来も暗澹たるものになってしまうだろう。

マスコミは、しきりに安部首相の支持率低下ばかりを騒ぎ立てる。一方で、外交における安部首相の功績は報道しない。

▼産経新聞

関係強化を訴え 首相、NATOで初演説

 【ブリュッセル=佐々木類】欧州歴訪中の安倍晋三首相は12日午前(日本時間同日夜)、ブリュッセルの北大西洋条約機構(NATO)本部を訪問、NATOの最高意思決定機関である北大西洋理事会(NAC)で演説した。日本の首相がNACで演説したのは初めて。首相は「憲法を順守しつつ、国際的な平和と安定のために自衛隊の海外活動をためらわない」とした上で、日本・NATO関係について「新たな段階への移行」を宣言した。政府は今後、NATOと閣僚レベルでの定期協議を新設するほか、NATO関連会合への積極的参加を模索する方針だ。

 首相は英語で演説し、「日本とNATOは自由、人権、民主主義、法の支配という基本的価値を共有している」と強調。「日本とNATOは地球規模の課題の解決に向け、共通の責任感に基づき、これまで以上に互いの能力を発揮して共に行動すべきだ」と関係強化を訴えた。

 さらに「アフガニスタンの安定は日本と世界にとって死活的に重要だ」として、アフガニスタンの安定に向け日本もNATOと協力してあたる考えを表明。具体的には、(1)約3億ドルの追加支援を実施(2)旧国軍兵士の武装解除や社会復帰支援(3)初等教育、医療支援-などの分野でNATOと協力を強化する方針を明らかにした。海上自衛隊がテロ特措法に基づき、NATO加盟国の艦船にインド洋で給油活動を続けている実績も強調した。

 また、北朝鮮について首相は、「核実験は日本だけでなく国際社会全体に対する脅威で断じて容認できない」と強調。ミサイル開発は「大量破壊兵器不拡散体制への重大な挑戦」とし、拉致問題について「無辜(むこ)の人々を多数拉致した」と厳しく非難した。

 同時に、すべてのNATO加盟国に対し、国連制裁決議に基づく具体的な措置を遅滞なく実施するよう求めた。

 中国に関しては、日中両国が共通の戦略的利益に基づく相互互恵関係の構築で合意していると説明。同時に「急速な国防費の増大、透明性を欠くいくつかの不確実性がある」とも指摘、中国の動向を注意深く見守る必要性があるとした。

(2007/01/13 01:28)


▼産経新聞

中国、安倍首相を批判 EUの対中武器禁輸で

 中国外務省の劉建超報道局長は11日の定例記者会見で、安倍晋三首相が9日の日英首脳会談で、欧州連合(EU)が検討している対中武器禁輸解除に反対する考えを表明したことについて「関係国はEUの武器禁輸解除を邪魔するような行為をやめるべきだ」と批判した。

 劉報道局長は、安倍首相が禁輸解除について「東アジアの安全保障環境に影響を及ぼす」と指摘したことに関し「道理もなければ、説得力もない」と反論。「中日双方は両国関係の継続発展へ努力すべきで、その反対に向かうべきではない」と牽制(けんせい)した。

 またEUに対しては「中国への政治的差別をやめ、歴史の潮流に従い早急に禁輸解除を決断するよう要求する」と呼びかけた。(共同)

(2007/01/11 20:15)


なぜか、こういったニュースをマスコミは報道したがらない。共同通信が配信した中国外務省の記事を紙面にのせた新聞社は確認できただけでも産経新聞だけのようです。

マスコミの偏向報道は今に始まったことではないが、それにしても世論を反安部にしようと連日必死になって印象操作をしている姿には本当に呆れるばかり。不二家の商品がお菓子ならば、マスコミの商品は記事だ。そのマスコミの商品の中にとんでもない不良品が多々混じっている。そのくせ、不二家にたいして過去まで遡って不二家の企業体質や道徳にいちゃもんをつけている。同じ穴の狢どうしが、だ。
不二家は、まだ食べなければ良いという選択肢があるが、報道はそうもいかない。そのぶん、悪質である。健全な民主主義には正確な報道が必要であるが、それがこんなありさまじゃ、国も社会も国民も健全でなくなっていくのは必然なのかもしれない。

せめて、『こころづけ』の一つでも、自然に出せる社会になってもらいたい。
ホリエモンや村上のような『死んだ』金は、身に付くものではないが、たとえ小額でも、『こころづけ」で出したその金は『生きた』金なのだ。必ず、巡り巡って自分に返ってくるのだから。

さて。タバコもきれたし、今日の『愚痴』はここまでにしておきましょう。
ここまでお読みいただきありがとうございました。

(=^・ェ・^=))ノ彡☆シッポフリフリバイバイ♪

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