百人斬りなんて、嘘だべ。

恐れていた事が現実になった Σ(´Д`lll)
仕事を終えて、帰宅したのを見計らったように母ちゃんから電話。電話に出るかどうするか、ちと考えましたが、逃げ切れるものでもないので、仕方なく電話に出ました。
近況から会話が始まり、世間話へと移行する。うちとしては、早く電話を切りたい心境だが、慌てて電話を切るのも不自然なので、何事も無かった事を装って会話を続ける。と、
「そういえば・・・」
今までの世間話を中断して話題を無理やり切り替える母ちゃん。
「この間、テレビみた?」
「ああ、この間ね。出てたね、母ちゃん」
見てもいないのに、腹をくくってそう言ってみると、
「ちらっとね。インタビュー部分はカットされちゃったけど・・・」
「そそ。本当に一瞬だったよ。録画したけど、あの部分だけDVDに録画するのも馬鹿馬鹿しいから消しちゃったぞ」
「かまわんよ。母ちゃんも病院で見たから」

口八丁、嘘八百で危機脱出.。゚+.(゚∀゚*)。+.゚

でも、どんな顔でテレビに映っていたんだか、ちと気になりはする。

ここまでの話の起こりは、前回のブログで既に書いているので割愛させてもらっています。気になった人は前回のブログ参照でよろしくです。

さて・・・。

まずは、いいニュースをご紹介(´ω`)

女性線路転落:韓国人留学生が救出 JR山手線新大久保駅

 東京都新宿区のJR山手線新大久保駅で21日早朝、ホームから線路に転落した女性が、韓国人留学生の申鉉亀(シンヒョング)さん(27)に救出された。この場所は01年1月、韓国人留学生、李秀賢(イスヒョン)さん(当時26歳)がやはり転落した人を救出しようとして電車にはねられ死亡した場所と、5メートルと離れていなかった。申さんは「李さんの魂が『助けに行きなさい』と私を後押しし、守ってくれたのだと思う」と話している。

 21日午前5時半ごろ、同線日暮里駅に向かう途中、トイレに行きたくなった申さんは、新大久保駅で途中下車した。歩いていると、背後から「ドン」という音。線路に女性が落ちた音だった。

 ホームには20人ほどの乗客がいたが、高齢者が多く、線路をのぞき込むだけ。申さんも「電車が来たらどうしよう」と迷ったが、李さんのことが頭をよぎった。「見て見ぬふりは出来ない」。線路に飛び降り、夢中で女性の体を持ち上げた。ホームに上がると周囲の視線が恥ずかしく、駅を出て200メートルほど歩き、JR大久保駅から日暮里駅に向かった。

 JR東日本などによると、助けられた女性は18歳の大学生とみられ、酒に酔っていたらしい。病院に搬送され、手足の軽傷で済んだ。

 新大久保駅では01年1月26日夜、横浜市の男性カメラマン(当時47歳)と李さんが、線路に落ちた男性を救出しようとして電車にはねられ死亡した。韓国でも大きく報じられ、故郷の釜山には慰霊碑が建てられた。

 申さんは昨年9月に来日。モータースポーツを学ぶために日本語を勉強している。女性からの連絡はまだないが、申さんは「元気でいてくれればいいです」と笑った。【永井大介】

毎日新聞 2006年5月24日 22時28分


しょっちゅう南朝鮮を馬鹿にしているうちですが、しかし、勇気あるこの行動には、素直に頭が下がります。

続いては、ぐったりするニュースです(´・ω・`)

2審も軍人遺族の請求棄却 百人斬り「虚偽と言えぬ」

 日中戦争時に「百人斬(ぎ)り」をしたと虚偽を報道されたとして、旧日本軍少尉2人の遺族3人が朝日、毎日両新聞社と元朝日新聞記者の本多勝一さんに総額3600万円の損害賠償などを求めた訴訟の控訴審判決で、東京高裁は24日、請求棄却の1審東京地裁判決を支持、遺族側の控訴を棄却した。遺族側は上告する方針。
 石川善則裁判長は判決理由で「日本刀の性能などから記事中の殺傷数などは信じられないが、2人が記者に話した内容が報道のきっかけになっている。当時『百人斬り』と報道される競争をした事実は否定できず、記事は虚偽とは言えない」との判断を示した。
(共同通信) - 5月24日18時14分更新


法曹界には以前から危惧を抱いていたが、どうもこの石川裁判長は勉強不足か、もしくは赤化した人間だと思うな。こういう人間が法曹界にいる、ということ自体に危惧を抱いているのだ。ろくに勉強もしない、また、サヨク思想に洗脳された人間が公平な裁判をおこなえるはずもないからね。
うちが裁判長だったら、遺族の請求を認め賠償金の支払いを命じているよ。だって、百人斬りなんて虚偽だもの。

この百人斬りについて、今回はこれを主題にとりあげることにする。

百人斬りは、昭和12年12月13日付けの東京日日新聞(現・毎日新聞)で報道された。これは、南京攻略戦(シナが捏造していう南京大虐殺)最中の現地を伝える報道であり、戦意高揚のための記事だと考える事が出来る。
記事の内容をおおまかに書くと、向井敏明、野田毅両少尉が日本刀で敵兵百人斬りの競争をし、結果は向井106対、野田105だった、というものである。

戦後、4人の軍人が南京虐殺の実行犯として処刑されているが、このうちの2人に向井、野田、両氏も含まれる。両氏を死刑へと追い込んだのは、事実無根のこの新聞記事だったのは、言うまでも無い。
両氏を救える唯一の方法は、記事を書いた浅海一男記者が、記事は創作だった、と認めることだったが、この記者は保身のために認めることはなかった。自分可愛さで両氏を死刑へと追いやったこの記者の罪は重く、また、毎日新聞も罪を問われるべきだろう。
戦後、確かに言論の自由はなかったが、日本の主権回復後、両氏の名誉回復のため、アレは戦意高揚のための創作記事だった、と書くことくらいできたであろうに。ゆえに、毎日新聞の罪は問われてしかるべきだろう。

毎日新聞の誠意のないこうした態度は、残された遺族にどれほどの過酷な人生を歩ませることになるか、想像に難しくないだろうと思う。

戦後、向井氏の妻はすでになく、老母とまだ幼い2人の娘が残された。生活が厳しいものであったことは言うを待たないが、さらに、戦犯の家族という世間の冷たい視線を浴びせられたのだ。その辛さはいかほどであったか・・・。

さて。それから20数年後。向井氏の次女、向井千恵子氏は結婚をし、二児の母となる。ようやく幸せが訪れたかにみえた。しかし、その幸せを壊したのは、またしてもマスコミだった。
悪名高い、本田勝一著作の『中国の旅』』(朝日新聞連載、のちに単行本化された)。
この本のなかに、向井、野田両氏が実名で記載され、百人斬りの架空話をあたかも真実のように書かれていた。このことが原因で、平和な家庭は崩壊。夫からは、”お前は人殺しの娘だ”罵倒され、ついには離婚することになってしまう。

毎日新聞も朝日新聞も誤りを認めようともせず、創作記事あたかも事実として、さらには誇張させ、そのイメージを世界に定着させるべく奔走する始末だ。

事実無根の記事で人を死に追いやった毎日新聞。それを事実としてせっせと普及に努めた朝日新聞によって、遺族たちは長年耐えてようやく掴んだ幸せを破壊されてしまう。

両社がはたして無実といえるのだろうか?
敗戦後、60年を経過し、過去のことじゃないの、と思うやも知れない。しかし、南京大虐殺という架空の話に真実味をもたせるため、百人斬りなどという創作を敗戦後も利用し続け、いまだにこの事柄に関して誤報と認めない態度を鑑みれば、過去のこと、と簡単に済ませるわけにもいくまい。

ここ数年を見ていると、この件に関して、懐疑的な意見が多勢を占めるようになってきたように思う。その例として、本宮ひろ志の漫画、『国が燃える』が南京大虐殺をとりあげ、この事件が事実かのような描写に対し、数多くの抗議が寄せられ謝罪と訂正を余儀なくされた。これは、90年代まででは考えられなかっただろうと思う。

ともあれ、毎日・朝日両新聞社にジャーナリスト精神があるならば、きちんと謝罪し、訂正記事を掲載すること。裁判官には南京攻略戦はもちろん、当時の世界的時代背景をきちんと勉強し裁判にのぞんでもらいたい。

それでは、今日はこれにて御免仕る。
(=^・ェ・^=))ノ彡☆シッポフリフリバイバイ♪

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  • 事実は否定できず…、えっ?

    Excerpt: 共同通信2審も軍人遺族の請求棄却 百人斬り「虚偽と言えぬ」   Weblog: このブログには嘘が書いてあるかもしれません。 racked: 2006-05-25 12:11